『女肉市場は花盛り』
並木梗太郎
SM秘小説02年2月号掲載

 赤坂の料亭の奥まった座敷に、二人の男が女たちを遠ざけて向き合っていた。
「どうだね、間に合わせられるかね。いや、是非間に合わせてもらわなくちゃならんのだが」
 床柱を背にした、重役タイプを絵にしたような男が金縁の眼鏡を光らせて、言った。
 テーブルの上に酒食の用意はなく、ひと切れの紙がのっているばかりである。
「ひと月というのは、ちときついですな」
 テーブルをはさんで向き合った四十がらみの痩せた方の男が、濃いサングラスを不気味に光らせた。
「きみも承知だろうが、ここにあげてあるものを提供できるかどうかは、今後の中近東における我が社の取り引きに大きな影響を及ぼす」
「向こうはだいぶ強気なようですな」
「一歩先んじれば、それだけ利益は大きい。いや、我が社の利益ばかり言っているのではない。それは国益に通じる」
「しかし、素人女というのは向こうも大分味をしめたようですな」
「この前送ったのが、よほど気に入ったらしい」
「あれほどのハレムを持ちながら、やはり日本の女は最高ですかな」
「わたしも外国の女はいろいろ抱いたが、やはり日本の女が一番味がある。まるで男の玩具になるために造られたような感じさえするよ。ことにうぶな素人女はな」
 金縁眼鏡は脂ぎった頬を崩した。
「同感です。が、集めるとなると、これは大変ですよ。貞操堅固なのほど向こうさまのお気に召すのでしょうからね」
「ま、困難は十分承知しているよ。だからこそ手数料もはずんである。承知してくれるだろうね」
「そうまでおっしゃられると、面子にかけてもお引き受けしなくてはなりませんな」
 黒眼鏡はあらためてテーブルの紙片を見やった。それには次のように書いてあった。
 
 一、人妻  年令二十一〜二十五歳
       結婚後半年以内
 二、処女(一) 年令二十〜二十三歳
 三、処女(二) 年令二十歳未満
 いずれも中流以上の家庭のものであること。
 
「こいつが曲者でしてね」
 黒眼鏡は最後の但し書きを指してコールマンひげを指でなぞった。
「顔や躰のいい女ってのは近頃さして手に入りにくくはないんですが、良家の子女となると——やはり、日常生活の写真は要るんでしょう?」
「もちろんだ。向こうでは、そのしあわせなかつての日常と、眼の前の現物の哀れな姿を見くらべて、おおいに楽しもうというんだからな」
「住む国は変わっても男の楽しみとは、案外変わらんもんですな。調教はどの程度?」
「なれた魚みたいにするのも困るが、かと言って生きが良過ぎて、てこずるのも困る。その辺の事は、きみの方がわしより心得ているだろう」
「やって見ますか」
 男は紙片を取り上げると、ライターの火を移して燃やした。ポッと燃え上がった炎が二人の眼鏡を一瞬赤く輝かせた。
 紙片が黒焦げになって灰皿の底に崩れるのを待って、金縁は手を打った。
「今夜は一流をよりすぐって呼んでおいた。気に入ったのが居たら抱くといい」
「芸者ですか。有難いですな。ぼくなんかに言わせれば、人妻や生娘なんかより、芸者のコッテリとしたのが、よっぽどいいですがね」
 二人は声を合わせて笑った。

 気をつけねば、と思っていたのに、やはり隙があったのだろう。セールスマンの若い男が、ハッとするほどの美貌だった事が、長い間夫との別居をいられている新妻の女体に無意識な油断をまねいたのかも知れない。
 これと同じ感じは、つい一週間前、夫の勤める貿易商社で、海外出張員の留守宅を慰める会というものがもよおされて、その二次会に幹事の案内でホストクラブという所へ初めて行った時にも感じた。
 フワッと香料の匂いが鼻を包み、同時に甘く低いささやきが全身をくるみ込むような感じで伝わってくる。眼を開くと、つい吸い込まれそうな美貌と熱っぽいまなざしが追ってくる——甘いカクテルの酔いも手伝って、衣絵はあやうく我を忘れるところだった。
 館と名乗るそのセールスマンも、その時のホストと同じムードを持っていた。それにふと酔ったのが油断だったのだ。
 ハッと我に返った時は抱きすくめられていた。セールスマンは悲鳴さえあげる余裕を失って、ただ口をパクパクやっている衣絵をニヤニヤのぞき込みながら、後ろ足で入り口のドアをバタンと閉じた。
「やめてッ……な、なにを、なさるんです」
 夢から醒めたように、衣絵は悲鳴をほとばしらせた。その口を手入れのゆきとどいた大きな掌でふさいだ。ふさぎながら靴を蹴り脱いで、衣絵を引きずるようにして部屋に上がる。
「いやッ、いや……」
 ブラウスがたくれてズリ上がるのもかまわず衣絵はめちゃくちゃにあばれた。
「おとなしくしていないと、これですよ、奥さん」
 館は衣絵を突き転ばせておいて、ポケットから大ぶりのナイフを出した。シャッと音を立てて刃が飛び出した。その刃と同じくらい、館の眼は冷酷になっている。衣絵の眼が恐怖に吊り上がるのを見て、その眼が凍るような笑いを走らせた。
「か、かんにんして……」
 衣絵は腰が抜けたように、床の上をいざりながら、のどにからまった声をあげた。その瞬間から、平和なまどろみの中に眠っていた新家庭は屈辱の地獄に変化したのである。

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